好きなところ
「ムロビ対レオ、そこまで! 勝者はムロビだ」
「くそっ、負けた」
「レオ殿、あと一歩だったな」
陽光が燦々と輝く中、スクーレの騎士団本部の中庭では団員たち同士の模擬試合が行われていた。フリーの試合終了の合図の声が響いた。
レオの対戦相手はサムライのムロビで、身のこなしが軽いレオでもそれ以上に俊敏なムロビの動きが読みきれず、試合開始から間もなく、みぞおちに一発木刀を入れられて倒れた。レオはその際受け身を失敗し、手から床に着き前から回り体勢を整える予定が、足首に力を込めて着地したあまり、足首を捻った。さらにいくつか木刀で打ち込まれたときの打撲の鈍い痛みが追い打ちをかけた。
「痛ってえ……」
立ち上がれないレオにフリーは手を差し伸べた。
「レオ、立てるか? 医務室に行こう。俺の肩に掴まれ」
レオはフリーの手を掴み、ゆっくりと起き上がり、服についた砂ぼこりを払いながらいつもの憎まれ口を叩く。
「身長差が何センチあると思ってるんだよ……僕がフリーの肩に掴まるのは大変なんだぞ」
「そうか……じゃあこうしよう」
フリーは正面にいたレオの腰を前側からひょいと抱えるとすぐに肩に担いだ。レオは羞恥のあまり大声で叫ぶ。
「おいやめろ恥ずかしい!」
「みんな、俺は医務室にこいつを置いてくる。模擬試合は続けててくれ」
レオの叫び声が中庭にこだました。
◇
それから20分ほど経ったところだろうか。フリーが再度中庭に戻り、試合の様子がよく見える審判席に座った。審判代理として、先ほどレオと試合をしていたムロビが座っていたため、ムロビは隣の席に着席し直した。
「ムロビ、すまない。待たせた」
「別にフリー殿がおらずとも我々だけでも試合を遂行するゆえ、気にされるな」
「よかった、ありがとう」
ムロビは顎に手を添え、言葉を澱ませ聞きづらいことを聞く面持ちでフリーに視線を向けた。
「しかし、フリー殿、貴殿のレオ殿に対する態度は少々甘いように感じられるが……」
「そうか? そんなことはないと思うが……怪我してたから、当然じゃないか」
「では拙者が怪我をしたら、同じように抱き抱えて医務室に連れていってくれるのか?」
「いや」
フリーは即座にきっぱりと否定の回答をした。ムロビは苦笑する。
「御意……。しかし言っていいことなのか迷うところではあるが、フリー殿とレオ殿の関係、拙者は察している」
フリーは一瞬鳶色の双眸に驚きの色を含んだが、すぐに普段の顔に戻り、遠くを見つめた。
「そうか……そうだろうな……」
「聞きづらいことではあるが、レオ殿のどこが好きであられるのか」
「どこが好き?」
「そうだ」
「そうだな、俺はあいつの……」
普段表情をあまり変えないムロビであったが、このときばかりは興味津々な顔つきでフリーの回答を待った。フリーは一言こう答えた。
「――考えたこともなかった」
ムロビは肩透かしを食らった。フリーはひとしきり逡巡したあと、さらにこう付け加えた。
「強いていうなら、全部じゃないか?」
──何だ、ただの惚気であったか……!
ムロビはこの質問を安易に聞いたことを後悔した。
◇
試合が終わり、道具を片付け団員たちは自身の居室に戻った。医務室から居室に戻ったレオは寝台に横たわり、ずきずきと響く鈍い痛みに耐えていた。油断して試合早々決着がついてしまったことの悔しさを反芻する。そうして過ごしていたら、部屋の扉をノックする音が聞こえた。来訪者はフリーであった。
「レオ、怪我の調子はどうだ?」
フリーはベッド脇の椅子へ腰掛けた。レオはフリーに顔を背け、足首や打撲の後を見つめ、軽く動かす。
「大したことはない。捻ったのと打撲があるだけだ。冷やしたらマシになった」
「ならよかった……」
フリーは安堵の表情を浮かべた。その後しばし沈黙が流れたが、突然開口し、こう告げた。
「そういえば、ムロビにおまえの好きなところを聞かれた」
「はあ!? 何だそれ。なんて答えたんだよ……」
レオは突然の告白に面食らった。フリーは落ち着いた様子でこう答えた。
「全部だ」
「はあ? 全部!? ざっくりすぎる答えだろ……」
レオは恥ずかしさに頭を抱え、何を言っているのだこの男はと言わんばかりの表情を浮かべている。フリーは終始真顔から表情が動かず、言葉を続けた。
「レオのいいところはそうだな、口は悪いが素直なところ、自分の仕事を着実にこなすところ、努力家なところ、まずはそんなところか」
「ならそういえばよかっただろ」
「でも別にそのいいところがあるから付き合っているわけじゃないからな」
「じゃあ何でだよ」
――いいところがあるから付き合っているわけではない、じゃあなんで僕と一緒にいるんだ……? 疑問符ばかり頭に浮かんだレオはこの後どんな回答が返ってくるのか、戦々恐々と待った。フリーはこう告げた。
「付き合うことに理由がない」
思いがけない言葉に動揺を隠せなかった。疑問が浮かぶのは自然のことであろう。
「はあ? じゃあ何で付き合ってるんだよ……」
「――やっぱり全部だ」
「そうかよ」
レオは要領を得ない答えに頭を抱えた。フリーは終始真面目に真顔で言葉を続ける。
「そうだな……可愛いからかな」
はあ? 疑問符しか浮かばない。何より、レオは可愛いという言葉や外見の話をすると機嫌が悪くなるのが常であった。レオは自身の努力でどうにかすることができない要素を褒められることに嫌悪感を抱くためだ。少しの怒気を含んだ口調で反論する。
「僕は可愛くなんかないぞ。見た目の話なら勘弁してくれ」
フリーはレオの目を見つめながら、冷静に言葉を続けた。
「言葉が足りなかったら悪い……。顔とか外見じゃなくて、こういう話をしたときの反応も、俺が飯の当番のときにうまそうに食べるところとか、笑ってるところも、むくれているところも、さりげなく構われたくて思ってることと反対のことをいうところも、生きることへのひたむきさも、全部含めて可愛いと思ってる。まだあるが」
「いや! もう十分だ」
――いきなり何を言っているのか、この男は。レオはさらに頭を抱えたが、フリーに好きなところの列挙をされたことも、これだけ自分を十二分に見てくれていることも、ひっくるめて嬉しさが込み上げた。しかし、そのことを悟られまいと、膝を体に引き寄せ体を丸めて顔を伏せた。
「やめろよそんなこと、真顔でいうなよ……」
レオは耳まで朱に染まっていた。レオは顔を傾けフリーを見た。
「なあ、フリー。これからの夕飯の時間だろ? まだ一人で歩くのは痛いから、食堂まで僕を連れていってくれないか」
フリーはレオのその言葉を聞きふわりとした笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。肩に担ぐか横抱きか背負うか、どれがいい?」
「穏当に運んでくれよ……背負ってくれ」
レオはフリーの背の上で、肩から首までをぎゅっと抱きしめた。心臓の音が聞こえる。いつまでも食堂に着かないでこのままの時間が流れてほしい。そう願ったのだった。