攻防
なんなんだ。
意味が分からない。
どうしてこんなことになっているのか。
夜も深くなり、周囲からは何の音も聞こえず、ただ静寂のみがある。レオは狼狽していた。
――なんで僕はテントの中で寝てただけなのに、こんな2メートル近い男に後ろから抱きすくめられているのか。
騎士団は魔物討伐のため、スクーレから辺境の村まで遠征をしている最中だった。スクーレからは比較的近い村で、地図から類推すれば、五日もあれば辿り着けるような算段の場所であった。ある遠征中の夜、フリーが狩ってきた猪を鍋にして、団員一同輪になって食べた。遠征中は干し肉やチーズなど保存食が中心となるので、腹に落ちる温かさに団員達の士気は大いに上がった。ただ、人間は正直なので腹ごなしをすると睡魔が襲ってくる。
肝心の寝床だが、通常であれば概ね三人で一つのテントを使用しているが、この遠征中は二人で使えるものが一張だけあった。団員が懐妊し安静のため騎士団本部で留守を預かることとなったので、その分のテントがゆとりを持って使えることになったためだ。別の団員が、誰が広い寝床を使うかじゃんけんをしようというので皆その話に乗り、結果レオはフリーと組んで二人で休むことになった。いつもより広いテントは快適だ。特に川の字にならずともゆったりと寝れる。毛布はもちろん寝床も分けてその空間を楽しむように寝ていたはずだったのに。
これじゃあ意味がないじゃないか。レオは逃れようとしたが、フリーは強度が高い重い弓を使いこなせる程腕の力があるので、ハープ使いの細腕のレオにはとても押し返せなかった。
体格差って損だ。
「くそっ、起きろフリー、僕は枕でもなければクマのぬいぐるみでもないぞ……!」
話しかけてみたが相手は夢の中で安らかな寝息を立てて反応などあるわけもなかった。フリーの息が首元にかかってくすぐったい。フリーの心臓の音まで伝わってくる。その規則的な鼓動が、自身のばくばくと波打つ心拍が対照的で、相手に伝わらないように抑えられないかと鎮めてみるが、自分を抱きしめるフリーの腕を意識する結果となり、逆効果となった。
「僕の気も知らないで……」
一人呟いたその時、フリーは寝返りを打とうとしたのか、一瞬力が緩んだ。
今だ!
レオは抜け出そうと試みたが、また途中で抱きすくめられた。体の向きを変える途中で腕が締まったため、今度は真正面からフリーと相対することになった。
フリーの顔とのあまりの距離の近さに、レオの顔には紅が差し、耳まで赤くなる。自分の師の顔をまじまじと見つめるのはそう滅多にあることではない、というよりは初めてだった。
バンダナを外しても髪が柔らかく立っていて、その髪に少し触れてみたが、起きる気配はない。高く整った鼻梁と形の良い眉が見える。黒目がちな鳶色の目は今は閉じられている。よく見るとまつ毛が長い。ふわふわの髭に触る。レオは手で髭を隠してみたが、その顔が自分がいつも想起する顔と比べて随分と若い印象に感じた。どうせ童顔だから髭なんて生やしているんだろう、安直な発想だな、とレオは心の中で呟いた。普段は自分を叱ったり真一文字に結ばれることがある口に触れる。今は唇が少しだけ開いている。こんな無防備な顔を自分に見せているという事実に少しの喜びを感じた。
フリーの腕がびくりと反応をした。起こしたかとレオは高い心拍がより高まったが、ただの筋肉の不随意な動きだったのかもしれない。
びっくりさせやがって……。レオは気持ちを沈める。
「どうせ寝ぼけてるんだろ。ダサいやつ……」
思わず声に出してしまった。
「寝ぼけてなんかないさ」
するとフリーから予期せぬ返答が返った後、よりレオを強く抱きしめた。フリーの寝顔の口元には笑みがたたえられていた。
苦しい……。フリーの腕の感触がより伝わる。顔の熱に溶けそうになるが、それは暗闇の穏やかな冷たさに溶け、温かな時間が二人を包んだ。心臓の鼓動の速さも、徐々にいつものように落ち着いてきた。
まあ、こんな日があっても、悪くない、かな。レオはフリーを腕で抱きしめ返して、瞼を伏せ、眠りについた。
◇
「うわっ」
明朝、フリーの声で目が覚めた。レオはそのままフリーを抱きしめて寝てしまっていた。フリーは驚きに満ちた表情でレオを見つめた。
「レオ……朝起きたらお前にすごく強い力でくっつかれていたんだが……なんだか、昔話に出てくる木に登って抱きつく動物みたいだったな。甘えたい気持ちもわかるが、俺はレオのお父さんじゃないからそんなに抱きつかれて寝られても近すぎて困る」
「そっちから抱きついてきたんだろ!!」
騒ぎを聞いてブラッドがテントの入り口に近づいてきた。
「お前たち朝からなんの話をしているんだ!?」
晴れやかな青空の下、今日も慌ただしく一日が始まった。
自分が普段重い解釈をしがちなので、当社比ライトなフリレオを…と思い書いてみました。