体温
レオ→フリーの、遠征中の一場面です。入団して1年後くらいの、まだまだ生意気な頃です(2122字)
テントの外に出ると、空気の冷たさが頬を打つ。寒空のなか、心なしか外気が澄んでいるように感じられ、星の輝きもいつもより幾分か強く感じる。野営地である森の中に騎士団の篝火がゆらゆらと揺れる。森の中は木々の揺れる音が微かに聞こえるのみで、辺りを静寂が包んでいた。そろそろ夜行性の動物が活動を始める頃だろうか。夜は更け、いつもはガヤガヤとした騎士団の面々も寝静まり夢を見る頃であった。
「ちっ、こんな寒い日に限って見張りの当番か」
ついてない、とテントを出た一人の物影があった。レオはひとり悪態をついたが、どうせ聞く奴なんていないしな、と大きくため息をついた。ひんやりとした外気は徐々に熱を奪う。まだ幼さを残した表情をしかめる。耳や鼻の頭など、皮膚の薄い部分はほんのりと赤く染まっていた。ブーツの中の足先も、手の先も凍るように冷えた。手を擦り合わせてハーと息を吹きかけるが、気休め程度にしかならなかった。手を首元に当て、自身の体温で暖をとるが、自身の冷たさに肩をすくめた。
「レオ、寒そうだな」
不意に声をかけられ、内心飛び上がるほど驚いたが、気取られまいと表情を取り繕う。
「寒くなんてない!……フリー、あんたも今日の当番か?」
そうだ、と短く答えが返ってきた。森の中に砂の地面が見え草木が茂らない部分に、暖をとるための大きな営火が焚かれている。自分より頭二つ分ほど背の高い弓使いは、営火の周りの倒れた木に腰掛けていて、いつものように柔らかな微笑みをレオに向けた。
「手がかじかんでいる様子が見てわかる……もっと火の方によって体を暖めろ、風邪引くぞ」
フリーはゆっくりと手招きして自分の横にレオを呼んだ。
レオはこの男の弟子になって一年が経つ。弟子、といっても弓使いと冒険者では得物が違う。直接的な武器の使い方の指導よりは、戦闘の間合いの取り方や準備といった間接的な指導を中心に受けてきた。しかし何よりも、協調性がなく他の団員と揉め事を起こすレオの仲裁に入ったり、集団生活の心得を伝えることに心を砕いていたようにレオは感じた。最初は随分と小言をいう男だ、と内心辟易していた。またレオには綺麗事としか思えないことを平気で言うので、わざと斜に構えた言動を取り、困らせて叱られたりしたこともあった。この男と一年共に行動して、驚くほど裏表のないこの男の思考に慣れてきた。自分をどうすると言うこともなく、本当に寒いことを気にして近くに寄れと言うことなのだろう。レオは素直に従い、フリーの左隣に座った。
ぱちぱちと火の粉が飛ぶくらいの篝火の距離からか、先ほどよりは体温が戻ってきた。しかしひゅうひゅうと音を立てて吹く木枯らしが、すぐにレオから温度を奪っていった。寒さに顔を顰めたレオの表情をフリーはすぐに察知し、腰かけた木の裏に置いてあった荷物を探ると
、
「毛布、一枚しかないが……。レオ、お前が使え」
フリーはレオの両肩に毛布をかけてやった。背の高い弓使い用だろうか、コンプレックスを感じるほどに華奢な自分には随分と大きな毛布だった。
「人の毛布を取るなんてそんなダサい真似できるか! 僕は寒くない。あんたの分を取らなくても寝るくらいできる」
ふっと顔を逸らし言い切った後、完全な痩せ我慢だ、と地面から伝わる寒さで冷えた爪先の感触を感じながら思った。
「……分かった。じゃあこうしよう」
フリーはレオの肩にかけた毛布の一辺を手に取り、フリー自身の右肩にかけた。レオの左肩までかかった大判の毛布に二人で包まれる。
「……男同士で一緒にくるまって寝る趣味はないぞ」
眉間に皺を寄せてレオは呟く。
「大丈夫だ、俺もない」
フリーは苦笑しながら答えた。
この奇妙な状況に慣れず沈黙が続いた。少しの時間が経った後、レオはふんわりとした毛布からは柔らかな匂いがすることに気がついた。夜なのにお日様の匂いがする、と内心思う。フリーはお日様みたいだ、大きくて温かいな…などと柄にもなく比喩してみたりもした。右肩からフリーの体温が伝わってくる。人肌の温もりと、心臓の鼓動が伝わってくる。一年この男と共に行動しているが、こんなにも近くに相手を感じたことはない。フリーの鼓動もこんなに伝わってくるのだから、僕の音も相手に聞こえているのだろうか、と意識をするとレオの心拍はより一層大きく高まった。どうか僕の音がこの弓使いに聞こえていませんように、と内心願うばかりだった。
こんなことに心地よさを感じてはいけないのに、どうかこの時間が終わらないようにという思いが頭を離れなかった。自分の人生の中で、こんなにも安心した空間があったかと振り返ってみたりもした。いつも憎まれ口を叩いて反発ばかりしている自分に、この時間を感じる資格がないのでは、と否定的な気持ちも脳裏を掠めたが、右肩から伝わってくる心地の良い温かさが思考を溶かした。
「……あったかい」
レオは思わず呟く。
「だろう?今日は見張りは俺一人でいい……安心してゆっくり寝ろ」
柔らかいフリーの声が届いた。――安心すると瞼が重くなってくる。ゆっくりと睫毛を伏せると、闇に吸い込まれるように眠りに落ちた。
人生で初めて書いた小説です。静かな雰囲気と温度が伝わっていれば嬉しいです。