祝福の日


V&Bお題の04。一般職のおしゃべり魔術師と寡黙な魔騎士のお話(3302文字)


 アクラル正暦1047年360日、年の瀬の準備に追われる王都ヴァレイの市は賑わいをみせていた。近隣の村の畑で採れた野菜、新鮮な食肉、メゾネアから運ばれた魚介類、調味料、雑貨店、様々な種類の店が軒を連ねている。屋台も出ており、何かメニューの甘辛いであろうソースの匂いが空腹のミロミラムの鼻腔をくすぐる。
「うー重い! 全く団長は人使いが荒いんだから……」
 ミロミラムは取ってのついた麻袋を両腕いっぱいにかけ、ずるずると引っ張りながら市の人の波に呑まれていた。袋の中には塩、香辛料、ハーブ、ウシドリ、シャッパ茸、ミード酒などの食料品、嗜好品がパンパンに詰まっている。
 魔術師の青い帽子はミロミラムの気持ちを表すように、先が鋭角に折れて、くたびれていた。
「はあ、これはだね、帰ってからミード酒をたらふく飲まないと今日の仕事の割には合わないってものだよ」
 ミロミラムは騎士団の中で、「おしゃべりミロミラム」の別名を持つ。薬の調合の腕が優れており、列回復の際は頼れる味方だが、あまりにもおしゃべりが過ぎるため列回復をしても同列の団員の疲労度が損なわれる。配列時には慎重を期さねばならない団員であった。
 ミロミラムの足は市場の出口まで差しかかる。そこでふと、市場の一角にぽっかりと人が近づかないエリアがあることに気づいた。中心には石造りの噴水が位置し、黒光りする全身鎧の男が腰掛けヴァレイ市民の衆目を集めている。その先はよくよく見知った顔――正確にいえばフルフェイスの兜で覆われているため表情を窺い知ることができないが――我らが騎士団のエース、魔騎士のウーロであった。ウーロは買い物袋を下げどこか遠くを見つめて物思いにふけっているようであるが、手には買い物の麻袋を下げ、日常の風景とその鎧とが不釣り合いでどこか滑稽にも見える。
 ウーロの存在に気づいたミロミラムの顔は真っ青に変化し、重たい荷物抱えながら走って近づいた。
「ちょっとちょっとウーロ、市場にフル装備でなにしにきたのさ?」
「買い物に来た」
「こんな年の瀬の市場にそんな格好してきたの⁉︎ 場違いって言ったらないんだから‼︎ 鎧脱げとは言わないからさ、せめて兜外したら……? フェルミナなら逮捕されるし、ヴァレイだって親衛隊からの職質ものだよ? 恥ずかしいからやめてよね……」
 ウーロはミロミラムを一瞥すると、「分かった」と短く返事をした。
「君とは二十年来の長い付き合いだからさ、僕はこうやって忠告してあげるわけだけどさ。うーん、とりあえず本部へ一緒に帰ろう」
「分かった。共に帰ろう。……ミロミラム、帰ったら話があるんだが」
「いいよ、しかし寡黙な君がこの僕に話だなんて珍しいね」
 ミロミラムは帽子の下から興味深げに黒い瞳を揺らした。

  ◇

 騎士団本部では歳末の準備が行われていた。ミロミラムが買ってきたウシドリは、料理当番の剣闘士のボーガが肉を断ち、魔女のメルロッサが香辛料を腹に詰め、夫婦の連携よく丸焼きの準備をしていた。料理以外だけではない、一年の本部の煤払いをするもの、各々の道具の手入れなど、各々がやれる仕事をこなし、慌ただしく時間は過ぎていく。
 日が暮れおおかたの仕事が終わり、団員たちが自室に戻り始めたころ、ウーロの部屋の扉をノックする姿があった。
「おーい僕だけどー」
 ミロミラムの来訪を受けたウーロは苦笑した。昼とは異なり、兜も鎧も着用していないため、首元まである黒髪の短髪や、黒の双眸も全て伺い知ることができる。服装は全身黒のシンプルな装いをしていた。全てが黒づくめであることは魔騎士としての矜持であろうか。
「声がでかい。お前は隠し事ができないな」
「おしゃべりだもん自覚はあるよ。そうだ、ミード酒一本拝借してきたから飲もうよ。コップもあるよ」
 ミロミラムはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。ウーロは短いため息と共に、来訪者を自室に招いた。

  ◇

 ウーロの自室は一人用の寝台と二人掛けのテーブル、収納用の調度品があるだけの簡素な部屋だった。ウーロはミロミラムを着席するように促す。テーブルには白い紙袋に包まれたものが置かれていた。
「昼間に買ったものかな? なにを買ったの?」
「研磨剤だ」
 ミロミラムは意外そうに声を上げた。
「へえ? 斧でも研ぐのかい? 相変わらず真面目だね君は。そういえばこの前団長にそそのかされて研げよ研げ研げ歌ってたね。すごいいい声だったよ。あとなんだか珍しいものを見ちゃったから次の日は雨かなって思っちゃったら本当に雨が降ったね……」
 ミロミラムのおしゃべりは止まらないが、ウーロも気にする様子はなかった。しかし話の途中でおもむろに両手をテーブルにつき、頭を伏せながら深刻なそぶりでミロミラムに口を開いた。
「……ミロミラム、見よ。私の顔は、変わってしまった」
 ミロミラムの黒い瞳はウーロを捉える。自分と同じ色の瞳、少し高い鼻、血の色が少ない薄い唇、どこをとってもいつも見ている相貌と違いがない。
「ん? なに言ってるんだい、なんの変哲もない、ウーロの顔だよ」
「そうか」
 ミロミラムは眉間にしわを寄せ、ウーロの次の言葉を待った。
「自分の顔というのはいちばん見えないものだ……この前、窓に映った自分を姿をまじまじと見た。我の顔には、以前と比べ、目の下の窪みは一層強くなり、双眸には曇りが見える。斧も以前のようには振るえぬ。これが衰えというものなのだろうか」
 ミロミラムは当たり前のことをさも深刻に伝える友人の姿に少し滑稽さを感じた。いや、本人としては至って真面目なのだから、笑う方が失礼だと心得てはいるものの。
「ふふ、当たり前だよ、僕とウーロは何年の付き合いだと思っているんだい? 団入って20年だよ? そりゃしわは深くなるし、目だって曇るよ老眼なんだから」
 同じだよ、と主張したがこの言葉が意味をなすことはなかった。ウーロは険しさをたたえた眉をさらに寄せる。
「……我は、自分自身のこの状態を自身で許すことができぬ。明日またひとつ歳を取ったら……退団を申し出るつもりだ」
「えっ」
 ミロミラムは突然の申し出に驚き、そして、笑った。
「なぜ笑う」
「ふふっ、なんだか君らしいって思ってさ。引き留めたって聞かないんだろう? 大真面目な友人よ、僕は君の決断を尊重しよう」
「ミロミラム……」
 ミロミラムは肘を机に置き、頬杖をつき、少し遠くを見つめた。
「僕はね、明日祝福の日に子供が入団してくるんだ。去るものがいれば、来るものもいるってやつだね、感慨深いよ」
「ほう……ならば、お前の子に、とっておきに研いだ我の水晶球を渡そう。誰かに引き継がねばならぬ故」
「まさか引き継ぎのために慣れない市に行って研磨剤買ってたの? 本当に真面目だな……。でも、それなら彼女も君の大切なものを受け継ぐことができるね。ありがとう、ウーロ」
 ミロミラムは目元にしわを溜めてくしゃりと笑った。渡ったのち、机に置いてあるミード酒が空いていなかったことに気づき、慣れた手つきで瓶の栓を開封し、コップに注いだ。
「今日は祝福の日前夜祭ってことでこれ飲んでいいよね。……そういえば、祝福の日って、何を祝福するんだろうね。よくわからないけど」 「精霊の恵みへの感謝に祝福を捧げるというやつか?」
 ミロミラムはその模範解答に納得をしていない様子でウーロを見やった。
「うーん、そうだな、実は僕、信心深い方じゃなくてさ……。そうだね、僕はさ、ウーロ。君の前途の祝福を祝うよ。友よ、この先の残りの人生の幸が多からんことを」
 ミード酒が入ったコップを顔の前に掲げると、ウーロにもそれを促した。
「ふっ、それでは我はお前の子供に祝福を願う。親愛なる友の子よ、戦功と、生きて帰ってこられることを祈って」
 ウーロも肘を伸ばし、コップのふちでミロミラムのコップに当てた。
 
「「乾杯!」」

 ──祝福の日、それは、これから騎士団に辿り着くものと、通り過ぎるものが交差する唯一の日──

あとがきなど
初めて書いた一般職の話です。自分の騎士団で活躍したメンバーでお話考えるの楽しいですね……!
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